顔に馴染む、1MM OF 奇跡|第2回:カツラと帽子に邪魔された、メガネの「つる」の100年戦争

2026.06.15

顔に馴染む、1mm of 奇跡|第2回:カツラと帽子に邪魔された、メガネの「つる」の100年戦争

1730年に「つる(テンプル)」が発明され、ようやく耳元で固定できるようになったメガネ。しかし、当時のヨーロッパを襲った空前の「カツラ大流行」によって、メガネは再び深刻な固定の危機を迎えます。カツラと帽子に邪魔され続けた「つる」の、知られざる100年の苦闘を紐解きます。

こんにちは、72eyeworksです。

メガネフィッティングの歴史、第2回の今回は、前回の「耳にかけるテンプルの発明」の直後に立ち塞がった、歴史上最も奇妙な障壁についてのお話です。

せっかく耳元まで伸ばしたメガネの「つる」ですが、なんと当時のヨーロッパの「ファッションの流行」によって、その進化が100年近くも足止めされてしまうことになります。その犯人は、当時の貴族たちが愛してやまなかった「巨大なカツラ」でした。

耳が隠れて使えない!巨大カツラがもたらした悲劇

18世紀、ヨーロッパの社交界では男女問わず、白粉をはたいた巨大なカツラ(プードルウィッグ)を被ることがステータスでした。しかし、これによって眼鏡職人たちは頭を抱えることになります。

  • 耳が完全に覆われる: カツラのボリュームによって、人間の自前の「耳」は完全に分厚い髪の中に隠れてしまいました。これでは、せっかく発明された「つる」を耳に掛けることができません。
  • カツラの上から突き刺す「ショートテンプル」: そこで職人たちが開発したのが、こめかみ(耳の手前)を金属のリングやパッドで強く圧迫して固定する、非常に短いまっすぐな「つる」でした。カツラに干渉しないよう、耳の手前で固定を完結させようとしたのです。
  • 頭痛との戦い: 当然、メガネが落ちないように頭蓋骨を左右から強く挟み込むため、長時間の装用は激しい頭痛を伴いました。帽子を被る際にもその短いツルが干渉し、当時の紳士たちにとってメガネはまだまだ「不快な道具」のままだったのです。

カツラ文化の崩壊と、現代の「耳掛け」の誕生

この歪んだ固定方法に終止符を打ったのは、18世紀末の「フランス革命」でした。貴族の象徴だったカツラ文化が崩壊し、人々が地毛に戻ったことで、メガネの「つる」はついに本来の目的地である「耳の後ろ」へ進出することが可能になります。

Q:耳の後ろまで曲がるテンプルは、いつ頃完成したのですか?
A:19世紀初頭、地毛に戻った人々の耳に合わせる形で、つるの先端をなだらかに下へ曲げて「耳の付け根の溝」に引っ掛ける構造が開発されました。これが、現代のメガネの「曲げ(モダン)」の原点です。挟み込んで固定する「痛み」から、耳の骨の形状を利用して乗せる「快適さ」への、歴史的な大転換でした。

Q:現代の調整でも、この「曲げ」が一番難しいのですか?
A:その通りです。人間の耳の付け根は、一見するとどれも同じように見えますが、実は高さ、奥行き、軟骨の厚み、角度が一人ひとり全く異なります。この耳の裏の『溝』に、つるをコンマ数ミリの精度で吸い付くように曲げ合わせる技術。これこそが、現代のフィッターが最も腕を競い合うポイントなのです。

まとめ:流行に翻弄されたからこそ磨かれた「ミリ単位の執念」

もし18世紀にカツラが大流行していなければ、メガネのフィッティング技術はもっと早く完成していたかもしれません。しかし、その「カツラと帽子に邪魔された100年間」があったからこそ、職人たちは限られたスペースの中で「どうすれば痛くなく固定できるか」を徹底的に考え抜きました。その執念が、現代の緻密な調整技術の土台になっているのです。

次回、第3回は**「一山(いちやま)からノーズパッドへの大転換|平たい鼻の日本人が直面した壁」**をお届けします。西洋生まれのメガネが日本に入ってきた江戸時代〜明治時代、日本人の骨格に合わせてノーズパッドがどのように独自の進化を遂げたのか。お楽しみに!

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