顔に馴染む、1mmの奇跡|第5回:耳の後ろの「曲げ」の科学。ズレない「縄手(なわて)」から優しい「先セル(モダン)」への系譜
耳の後ろに引っ掛けてメガネを固定する「つる」。かつて明治から昭和にかけて、激しい動きでも絶対にズレない金属製の「縄手(ケーブルテンプル)」が主流でした。そこから、現代のプラスチックで優しく抱え込む「先セル(モダン)」へと至る、耳元フィッティングの進化を解説します。
こんにちは、72eyeworksです。
メガネフィッティングの歴史を技術屋の視点から語る本連載。第5回は、メガネの保持力を決定づける最重要パーツである**「テンプルの先(耳の後ろの曲げ)」**の歴史を紐解きます。
現代では当たり前になった柔らかいプラスチック製の「先セル(モダン)」が登場する前、私たちの先祖は、職人が金属の細いワイヤーを一本ずつ巻き上げて作った芸術的な「縄手」で激しい動きに耐えていました。
乗馬や軍隊、激しい動きを支えた「縄手(なわて)」の驚異
明治から昭和初期、日本のメガネの多くは「縄手(ケーブルテンプル)」と呼ばれる構造をしていました。これは、耳の形に合わせて丸くカールした、針金のような金属製のつるです。
- 職人技による「巻きバネ」: 金属の細い線を何重にも細かく巻きつけることで、まるでバネのようなしなやかさを持たせていました。耳をくるりと包み込むため、頭を激しく振ってもヘディングをしても、絶対にズレ落ちることがありません。
- 軍用や子供用の必需品: その圧倒的なホールド力から、戦時中の軍用ゴーグルや、活発に動き回る子供用のメガネには欠かせない技術でした。
- 「痛み」と「錆び」との隣り合わせ: しかし、金属が直接耳の裏の皮膚に触れ続けるため、汗によるサビや、金属アレルギー、長時間着用による痛みが最大の課題でした。
「引っ掛けて留める」から「形状で包み込む」先セルへの進化
昭和中期以降、プラスチック素材(セルロイドやアセテート)の進歩に伴い、金属のつるの先端にプラスチックのカバーを被せる、現代の**「先セル(モダン)」**が誕生します。
これにより、金属の痛烈な食い込みから解放され、金属アレルギーの心配もなくなりました。フィッティングの考え方も、「バネの力で強く引っ掛ける」ことから、**「耳の裏の複雑な三次元カーブに素材をぴったり添わせて、面で優しく支える」**という、人間工学に基づいたアプローチへと大進化を遂げたのです。
メガネフィッティング歴史Q&A(第5回:耳元の曲げ編)
Q:縄手(なわて)のメガネは今でも手に入りますか?
A:はい。鯖江のクラシックブランドなどでは、今も職人が手作業で巻き上げる伝統的な縄手フレームが作られています。独特のヴィンテージ感や、絶対にズレないホールド感を求める愛好家の方に根強い人気があります。
Q:耳の後ろが痛くなるのは、メガネの「曲げ」が強すぎるからですか?
A:実は、その逆であることが非常に多いです。「曲げが緩くてメガネが前に下がる」ために、耳の付け根の一点だけに全体の重さが集中してしまい、痛みや赤みが生じるのです。正しい位置で耳の骨のカーブにピタリと添わせるフィッティングを行えば、重さは劇的に分散され、痛みは消え去ります。
Q:他店で購入したメガネの「耳の曲げ直し調整」だけをお願いすることは可能ですか?
A:申し訳ございません。メガネの調整(フィッティング)はお客様の骨格に完璧に合わせるため、フレームの素材特性を深く理解し、万が一の破損リスクを責任を持って管理する必要があります。そのため、原則として当店でお買い上げいただいたメガネのみの対応とさせていただいております。何卒ご理解いただけますと幸いです。
まとめ:あなたの「耳の裏のカーブ」に魂を込めて
450年前の手持ち眼鏡から始まり、耳を強く挟む時代を経て、ようやく辿り着いた「先セルによる優しいフィッティング」。
人間の耳の裏の形状は、高さ、傾き、軟骨の厚みまで、一人ひとり全く異なります。この目に見えない耳の裏のカーブに、コンマ数ミリの精度で吸い付くようにプラスチックを温め、曲げ合わせる技術。それこそが、現代のフィッターである私たちが最も腕を競い合うポイントなのです。
次回、第6回は**「姿勢と視線を直交させる『前傾角(傾斜角)』の発見」**をお届けします。近くを見る時と、遠くを見る時。視線がレンズを斜めに通ることで起こる「歪み」を防ぐための、フレームに傾きを与える知恵の歴史に迫ります。お楽しみに!
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