目から鱗の日本史|第6回:福井・鯖江の奇跡|増永五左衛門の挑戦。雪深い農村が「聖地」になった理由
今や「世界のSABAE」として、その名を知らない人はいない福井県鯖江市。しかし、明治時代の初めまで、この地は冬になると深い雪に閉ざされる貧しい農村に過ぎませんでした。その運命を劇的に変えたのは、一人の男の「冬の副業」への情熱でした。
こんにちは、72eyeworksです。
第6回は、日本のメガネ史において最も重要な転換点、「鯖江メガネ」の誕生秘話です。2026年の今も、私たちが自信を持ってお客様におすすめする鯖江製フレーム。そのルーツは、明治38年(1905年)にまで遡ります。
「帳箱(ちょうばこ)」から始まった、冬の挑戦
鯖江のメガネ作りは、村会議員だった増永五左衛門の手によって産声を上げました。
- 雪に閉ざされた村を救いたい: 冬の間、仕事がなくなる農村の貧しさを打破するため、五左衛門は当時需要が増えていた「メガネ作り」に着目しました。
- 大阪から職人を招致: 技術を習得するため、五左衛門は私財を投じて大阪や東京から一流の職人を招き、若者たちに技術を叩き込みました。
- 「帳箱」という独自の組織: 職人たちを独立させ、グループごとに競わせる「帳箱制度」を導入。これが鯖江全体の技術力を飛躍的に高める原動力となりました。
日本の眼鏡史Q&A(第6回:鯖江編)
Q:鯖江のメガネが世界一と言われるのはなぜですか?
A:一つのメガネを作るのに、分業制で200以上の工程を経るのですが、その一つ一つの精度が極めて高いからです。明治時代から続く「職人気質」が、今も街全体に息づいています。
Q:今の鯖江でも、増永さんの志は受け継がれているのですか?
A:はい。「増永眼鏡」をはじめ、多くの老舗メーカーが今もなお、五左衛門が掲げた「良いメガネを誠実に作る」という精神を守り抜いています。
Q:72eyeworksが鯖江産フレームを推奨する理由は?
A:やはり、掛け心地の持続性と修理のしやすさです。長く愛用できる「道具」としての信頼度が、鯖江製は群を抜いています。
まとめ:雪国の粘り強さが生んだ傑作
厳しい寒さに耐え、ランプの火を囲んで黙々とレンズを磨き、フレームを削った若者たち。鯖江のメガネには、そんな日本人の粘り強さと情熱が宿っています。当店で鯖江製フレームを手に取る際は、ぜひその120年の歴史に想いを馳せてみてください。
次回、物語は戦後へ。新たな素材「セルロイド」の登場と、日本人の暮らしを彩ったデザインの変遷を辿ります。お楽しみに!
鯖江の「魂」を、北鴻巣で体感する。
〒365-0064 埼玉県鴻巣市赤見台1丁目7-3
72eyeworks(セブンツーアイワークス)
北鴻巣駅東口から徒歩1分。店主厳選の鯖江産フレーム、多数取り揃えてお待ちしております。
