目から鱗の日本史|第5回:明治維新、カツラから「ツル」へ。耳にかけるスタイルの定着

2026.05.01

目から鱗の日本史|第5回:明治維新、カツラから「ツル」へ。耳にかけるスタイルの定着

「文明開化の音がする」と謳われた明治時代。人々の装いが着物から洋服へ、髪型が丁髷(ちょんまげ)から散切り頭へと変わる中で、メガネもまた劇的な変化を遂げました。それは、私たちが今当たり前のように使っている「耳にかける」というスタイルの定着でした。

こんにちは、72eyeworksです。

第5回は、激動の明治時代。それまで紐を耳にかけたり、鼻を挟んだりしていた日本人が、初めて「テンプル(ツル)」のあるメガネを日常的に使い始めた、進化の物語です。

髪型が変われば、メガネも変わる

明治の改変は、意外なところからメガネの形を変えていきました。

  • 「散切り頭」がもたらした自由: 丁髷がなくなり、耳の周りがすっきりしたことで、金属製の「ツル」を耳にかける現在のスタイルが爆発的に普及しました。
  • 明治天皇と銀縁メガネ: 明治天皇もメガネを愛用されたといいます。それまで「隠すもの」だったメガネが、知性や高い身分を象徴するアイテムへと、社会的地位を上げていきました。
  • 国産化への情熱: それまでは輸入品が主流でしたが、この頃から東京や大阪で、西洋の技術を学んだ職人たちによる金属フレームの国産化が本格的に始まりました。

日本の眼鏡史Q&A(第5回:明治維新編)

Q:明治時代のメガネはどんな素材で作られていたのですか?
A:真鍮(しんちゅう)や銀、そして高級品としては金が使われていました。また、今では珍しい「赤銅(しゃくどう)」などの日本伝統の合金を使ったフレームもあり、和魂洋才の美しさが光っていました。

Q:鼻パッド(鼻あて)はこの頃からあったのですか?
A:実は、今の形の鼻パッドが一般的になるのはもっと後のことです。明治時代は、ブリッジを直接鼻に乗せる「一山(いちやま)」というスタイルが主流でした。

Q:72eyeworksに「明治の雰囲気」を感じるメガネはありますか?
A:はい。シンプルでクラシカルな一山の丸メガネなどは、今でも「逆におしゃれ」として大変人気があります。時代を超えて愛されるデザインのルーツを、ぜひ体感してください。

まとめ:新しい時代の風を「視る」

西洋の文化をどん欲に吸収し、自らのものにしていった明治の人々。その瞳を支えた新しいスタイルのメガネは、日本が近代国家へと歩み出す象徴でもありました。デザインのルーツを知ると、今持っているメガネにも新しい愛着が湧いてきませんか?

次回、物語の舞台は北陸へ。雪深い農村を「世界一の聖地」に変えた、ある兄弟の情熱。鯖江(さばえ)メガネの誕生秘話に迫ります。お楽しみに!

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